Smileゆり(柳さわ由理)の自信メソッド通信 バックナンバー
日時 | タイトル |
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2017/04/22(土) 07:00 | 愛され ほほ笑み体質メソッド ステップ3 |
メール講座「愛され ほほ笑み体質メソッド」
ステップ3号 エピソード
「素直に愛される妹」
身体こころ通訳カウンセリングの
柳澤由理です。
メール講座にご登録くださり、
ありがとうございました。
今回は 「素直に愛されている妹」です。
わたしの ふたつ下の妹の話。
前号の続きです。
自由にのびのびと したい放題している妹
(という風に見えていた)妹への
嫉妬とか 言い表せぬ、引け目な感覚は
あるきっかけをもとにして はずれました
それは 大人になってから、ですが。
妹が 人に にこにこしながら
「ありがとう」と言った時
その「ありがとう」の声音の明るさ
伸びやかさ に はっとしたんです。
あの子の さっきの「ありがとう」は
とっても良かったなぁ
と思いました。
その「ありがとう」は閉ざしがちだったわたしの
心の扉を ノックして 開かせるだけのものが
ありました。
でも その時は まだそこまでわからなくて
「なんか わからんけど 感動やったな」
と 思いました。
何度か、妹の「ありがとう」を思い出しました。
そして その「ありがとう」を胸のなかで
反芻していきました。
それって こんな風な「ありがとう」だったなぁ。
声のトーン、明るさ、言う時の顔の表情など
思い返して 自分のなかで 繰り返し繰り返し。
そうして いつか 私も同じように 明るく
「ありがとう」と言えるようになりました。
明るく言う ということは 声が明るいだけでなく
顔の表情も 自分のまわりの雰囲気も 明るくする
必要があります。
雰囲気や表情は 作れるけれども
いわゆる「作り物」では いけません。
「心から 光が発している」ような
「心から 愛があふれている」ような
そういう雰囲気なのです。
それをそれとなく、なんとなく
練習していって 自分のものにしていった時、
妹に対する嫉妬は 消えていました。
その「明るいありがとうの雰囲気」や「心」を
自分のものにしていった時、
「あぁ、妹は、あの子は、こういう心で生きとるのか
そりゃあ、なるほど、好かれるはずじゃわなー」
と 感じたからです。
妹は 好き嫌いが はっきりしていて、
嫌なことは 嫌だと はっきり言います。
けれども その時 まわりにそれが暗く感じさせません。
嫌だと言うけれども、はっきり言えば言うほど、
まわりに好かれます。
それは何故だろう?
嫌だと言えば、嫌われるかもしれないと思うでしょう?
妹は「私は私やねん」と思っていて、
まわりへ発信する時に
「なんで私にこんなものを押し付けるんだ、
私はいやだ」
と言うような「ひとを振り払うような」風には言わず、
「色々な好みがあると思いますが、私は、嫌なので要りませんよ」
と言う「あくまでも私個人は、です」という自分主義な言い方
なのです。
相手に対する「罪悪感」とか「押しつけを振り払う」とか
そういうものがないのです。
あっさりと、明るく、鮮やかに、言うのです。
(全部 「あ」から始まりますね。)
ですから断られた相手も 嫌な感じはしません。
「あぁ、そうですか」と にこやかに受け取ります。
妹は 変に ねじれたところがなくて
素直で 健やかな精神なのです。
さばさばしているのです。
妹の「ありがとう」を練習しているだけで
妹の良さを 改めて認識し直し、
自分自身に その良さ明るさを 取り入れて
自分のものとしていく。
そういうことだったのだと思います。
それは 次号に続きます。
■sessionはこちらでお承りしています。
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わたしの ふたつ下の妹の話。
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自由にのびのびと したい放題している妹
(という風に見えていた)妹への
嫉妬とか 言い表せぬ、引け目な感覚は
あるきっかけをもとにして はずれました
それは 大人になってから、ですが。
妹が 人に にこにこしながら
「ありがとう」と言った時
その「ありがとう」の声音の明るさ
伸びやかさ に はっとしたんです。
あの子の さっきの「ありがとう」は
とっても良かったなぁ
と思いました。
その「ありがとう」は閉ざしがちだったわたしの
心の扉を ノックして 開かせるだけのものが
ありました。
でも その時は まだそこまでわからなくて
「なんか わからんけど 感動やったな」
と 思いました。
何度か、妹の「ありがとう」を思い出しました。
そして その「ありがとう」を胸のなかで
反芻していきました。
それって こんな風な「ありがとう」だったなぁ。
声のトーン、明るさ、言う時の顔の表情など
思い返して 自分のなかで 繰り返し繰り返し。
そうして いつか 私も同じように 明るく
「ありがとう」と言えるようになりました。
明るく言う ということは 声が明るいだけでなく
顔の表情も 自分のまわりの雰囲気も 明るくする
必要があります。
雰囲気や表情は 作れるけれども
いわゆる「作り物」では いけません。
「心から 光が発している」ような
「心から 愛があふれている」ような
そういう雰囲気なのです。
それをそれとなく、なんとなく
練習していって 自分のものにしていった時、
妹に対する嫉妬は 消えていました。
その「明るいありがとうの雰囲気」や「心」を
自分のものにしていった時、
「あぁ、妹は、あの子は、こういう心で生きとるのか
そりゃあ、なるほど、好かれるはずじゃわなー」
と 感じたからです。
妹は 好き嫌いが はっきりしていて、
嫌なことは 嫌だと はっきり言います。
けれども その時 まわりにそれが暗く感じさせません。
嫌だと言うけれども、はっきり言えば言うほど、
まわりに好かれます。
それは何故だろう?
嫌だと言えば、嫌われるかもしれないと思うでしょう?
妹は「私は私やねん」と思っていて、
まわりへ発信する時に
「なんで私にこんなものを押し付けるんだ、
私はいやだ」
と言うような「ひとを振り払うような」風には言わず、
「色々な好みがあると思いますが、私は、嫌なので要りませんよ」
と言う「あくまでも私個人は、です」という自分主義な言い方
なのです。
相手に対する「罪悪感」とか「押しつけを振り払う」とか
そういうものがないのです。
あっさりと、明るく、鮮やかに、言うのです。
(全部 「あ」から始まりますね。)
ですから断られた相手も 嫌な感じはしません。
「あぁ、そうですか」と にこやかに受け取ります。
妹は 変に ねじれたところがなくて
素直で 健やかな精神なのです。
さばさばしているのです。
妹の「ありがとう」を練習しているだけで
妹の良さを 改めて認識し直し、
自分自身に その良さ明るさを 取り入れて
自分のものとしていく。
そういうことだったのだと思います。
それは 次号に続きます。
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